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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)11116号 判決 1969年10月22日

原告

山本成雄

山本和子

代理人

梅沢和雄

被告

実用興業株式会社

代理人

江口保夫

宮田量司

本村俊学

主文

被告は原告山本成雄に対し金一二二万六〇〇〇円および内金一一〇万六〇〇〇円に対する昭和四三年一〇月五日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員、原告山本和子に対し金一万六〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年一〇月五日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの、その余を被告の、各負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一  請求の趣旨

一、被告は原告山本成雄に対し金四六五万九三二六円、原告山本和子に対し金四六万円および右各金員に対する昭和四三年一〇月五日以降支払済みに至るまで、年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二  請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三  請求の原因

一、(事故の発生)

原告山本成雄(以下成雄と略称)は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和三八年七月三〇日午後八時三〇分頃

(二)  発生地 東京都台東区清川三丁目・一番地先路上

(三)  加害車 事業用普通乗用車(第五え六二三八号)

運転者 訴外植木稔

(四)  被害者 原告成雄(歩行中)

(五)  態様 歩行中の原告成雄に加害車が衝突し、同原告をその場に転倒させた。

(六)  被害者 原告成雄は脳挫傷、右側頭部陥没骨折並びに頭部外後遺症、外傷性癲癇等の傷害を受けた。

二、(責任原因)

被告は、加害者を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

三、(損害)

(三) 原告成雄の治療費等

(1)  代々木クリニックにおける治療費

二七二六円

同交通費(四往復) 四〇八〇円

(2)  日大病院診断料 九六四〇円

同交通費(四往復) 二八八〇円

(二) 原告山本和子(以下和子と略称)の付添費

原告和子は、靴製工員として一ケ月五万円の賃金を得て生計をたてていたが、本件事故当時原告成雄は満二年六月の幼児であり、しかも重傷を負つたので、母親として、原告成雄の田村外科病院、駿河台日大病院における五三日間の入院中は勿論退院後も通院中および癲癇症状発現の際には、付添看護をし、そのため仕事を中断され、その損害は一日一五〇〇円と見積つても、計一〇万円を下らない。

(三) 原告成雄の逸失利益

原告は、前記後遺症により、次のとおり、将来得べかりし利益を喪失した。その額は四六九万八一二五円と算定されるが、そのうち、三〇〇万円を請求する

(事故時) 二歳六月

(推定余命) 六六年(平均余命表による)

(稼働可能年数) 四〇年(二〇歳から六〇歳まで)

(労働能力低下の存すべき期間) 右四〇年間

(収益) 満二〇歳から二四歳までは年収三六万三一〇〇円

満二五歳から六〇歳までは年収四八万一六〇〇円(最低の二五歳から三〇歳までの平均収入による)(以上、労働大臣官房労働統計調査部の昭和四〇年四月の賃金構造基本統計調査による)

(年五分の中間利息控除) ホフマン複式(年別)計算による。

(四) 原告成雄の慰藉料

同原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は前記の諸事情および長期間に亘る治療にも拘らず未だ完治せず、日常生活にも支障があること等の諸事情に鑑み一〇〇万円が相当である。

(五) 原告和子の慰藉料

原告成雄は原告和子の最初の男子であつたが、本件事故により重傷を負い、手術後も完治せず、長期に亘る看護、前記後遺症のため、しばしば頭痛を訴え又転倒しやすい状態であつて、かかる原告成雄の将来を心配する親としての原告和子の慰藉料は三〇万円が相当である。

(六) 弁護士費用

以上により、原告成雄は(一)(三)(四)の合計四〇一万九三二六円、原告和子は(二)(五)の合計四〇万円を被告に対し請求しうるものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告ら訴訟代理人にその取立てを委任し、第一弁護士会所定の報酬範囲内で、手数料および成功報酬として原告成雄は六四万円、原告和子は六万円を支払うことを約した。

四、(結論)

よつて、被告らに対し、原告成雄は四六五万九三二六円、原告和子は四六万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年一〇月五日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四  被告の事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(五)は認める。(六)は傷害の事実は認めるが、部位程度は不知。

第二項は認める。

第一項中、(三)の労働能力喪失率が三分の二であることは否認、(五)のうち原告成雄が原告和子の最初の男児であることおよび(六)のうち原告らが原告訴訟代理人に本件訴訟を依頼したことは認め、その余は不知。

二、(事故態様に関する主張)

被告会社の運転手訴外植木は、時速約三五粁で進行中の小型貨物自動車に約五米の間隔をとつて追従していたところ、本件事故現場付近は、車道左側に一米ないし1.5米の間隔で約百米に亘り数十台の自動車が駐車していたに拘らず、原告成雄が右駐車中の自動車の間から加害車の直前に飛び出したため植木は急制動の措置をとるいとまもなく原告成雄に接触したものである。

三、過失相殺の抗弁

右のとおりであつて事故発生については原告和子が原告成雄を放置した過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

第五  抗弁事実に対する原告らの認否

原告成雄がとび出したことおよび原告和子の過失は否認する。

第六  証拠関係

本件記録中証拠目録記載のとおり。

理由

一、(事故の発生)

請求原因第一項(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがない。<証拠>によれば、原告成雄は、本件交通事故により、脳挫傷、右側頭部陥没骨折の傷害を受け事故当日から一週間田村外科病院、次いで昭和三八年八月六日から九月二〇日まで駿河台日本大学病院に入院し、その間九月九日に陥没骨片除去手術を受けたこと、その後昭和四三年一〇月六日までの間に七〇回同病院に通院したこと、その外に昭和四一年一〇月二八日から昭和四三年七月四日までの間二一回慶応義塾大学に通院、昭和四三年五月二九日から昭和四四年一月二八日までの間二二回代々木クリニックに通院したが、依然として治療せず、脳波に異常があり、外傷性癲癇の後遺症があり、その程度は自賠法施行令別表等級の第九級一四号に相当することが認められる。

二、(責任原因)

請求原因第二項は当事者間に争いがない。

三、(過失割合)

原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告成雄は本件事故当時満二歳六月であつたことが認められる。

ところで、被告は原告成雄の監護義務者である母親の原告和子の過失を損害額算定に当つて斟酌すべきことを主張するのであるが、過失相殺は、損害の公平な分担という見地から妥当な損害額を定めるための調節的機能を有する制度であり、民法七二二条二項のいわゆる「被害者の過失」は加害者側の賠償額を軽減させる一標識として理解するのが相当である。したがつて、「過失相殺における過失」は非難可能性を意味する伝統的構成による「過失」ではなく、客観的注意義務違反として、その外延を広く解すべきであり、責任能力はもとより事理弁識能力もない幼児あるいは精神病者の行為についても、右行為が事故発生に有因的に作用している場合には、端的に幼児あるいは精神病者の過失として斟酌し得るものと解するのが相当である。けだし監護義務者が幼児を放置したことを以つて過失と解する立場を貫くと、事故時点における幼児の行為態様(例えば、道路で遊んでいたとか、急に道路にとびだした等)の如何は損害額算定に際して斟酌されず、事故時点以前の加害者には関係のないところでなされた監護義務違反の所為が斟酌されるべきことになつて、損害額の公平な分担という制度目的に副わない結果となるからである。

また、抽象的に被監護者を危険圏内においたことを以つて監護義務違反とする立場は、現実には被監護者の行為態様を斟酌することになる。

更に、過失相殺の類型化定型化をおし進めるためには、事故における加害者・被害者の行為態様から定型的に過失の有無と程度とを判断する必要があり、そのためには、過失相殺に関しては事理弁識能力のない幼児あるいは精神病者の行為を端的に「過失」として斟酌し、被害者が幼児精神病者あるいは老人であることは過失割合の修正要素とするのが相当である。

そこで、本件事故の態様について按ずるに、<証拠>によれば本件事故現場附近は、幅員九米のアスフアルト舗装の車道の両側に各三米の歩道があり、見透しはよかつたが、仏蘭西屋化粧店と美濃松菓子屋との境界の前に車道端に駐車中の車が一台あつたこと、原告成雄は当時僅か一〇歳の姉美智子と共に仏蘭西屋化粧店に来ていたが、同店から右駐車中の車の前へとびだすように出て来たこと、植木は加害車を時速約五粁で進行するトラックの約五米後方を同速度で追従していたところ、前記駐車中の車の前、加害車の左斜の前方約3.6米の地点に原告成雄を発見し、危険を感じて制動措置をとりハンドルを右え切つたが間に合わず、加害車の前部左ライト左側を更に進んで来た同原告に接触させたものであることが認められる。証人植木稔の証言中、多数の車が駐車中であつた旨の証言は、<証拠>に照らして、俄かに措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右の如き、成雄の駐車中の車の前から通行中の車の前方へいわば飛び出すように進んだ所為と植木の前方注視義務を充分に尽さなかつたために原告成雄の発見が遅れたことを比較すると、原告成雄が当時満二歳六月であつたことを原告に有利に斟酌しても原告成雄の過失と植木の過失の割合は、原告七対植木三を以つて相当すると認める。

四、(損害)

(一)  原告成雄の治療費等

<証拠>ならびに弁論の全趣旨によれば、原告成雄の治療費交通費として、代々木クリニックの治療費は二七二六円、交通費は少なくとも四〇八〇円、日大病院の診断料は九六四〇円、交通費は少なくとも二八八〇円を要したことが認められるが、前記過失割合に鑑み、被告に賠償せしめるべき金額はそのうち六〇〇〇円を以つて相当と認める。

(二)  原告和子の付添費

前記の如く、原告成雄は田村外科病院と駿河台日本大学病院に計五三日間入院したことが認められ、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、田村外科病院に入院中は家政婦および原告和子が付き添い、更に日本大学病院に入院中は原告和子が付き添つたことが認められるが、本件交通事故と相当因果関係のある損害は、家政婦一名の賃金相当額の一日一〇〇〇円の割合による五万三〇〇〇円と認められる。原告和子は、通院中の付添による損害をも請求するが、同原告が一ケ月五万円の収入があつた旨の原告本人尋問の結果は措信し難く、他に同原告の損害を証明するに足りる証拠はない。

ところで、前記過失割合を斟酌すると、被告の賠償すべき額は、右のうち一万六〇〇〇円を以つて相当と認める。

(三)  原告成雄の逸失利益

原告成雄は、前記のように、事故当時二歳六月の男児であり、本件事故による傷害の後遺症の程度は自賠法施行令別表等級の第九級一四号に相当することが認められ、他に特段の事情の認められない本件においては、同原告の労働能力喪失率は、労働基準監督局長通牒(昭和三二年七月二日基発第五五一号)により三五%と認めるのが相当である。そして、同原告は、満二〇歳から六〇歳までの四〇年間は稼働可能と認められ、総理府統計局編日本統計月報昭和四三年一二月号によれば、昭和四二年における企業規模五ないし二九人の事業所の男子の全産業の常用労働者の平均賃金は月収四万三二三六円であることが認められ、これを基準に同原告の逸失利益の喪失額の現価を年毎のホフマン式計算により計算すると、

となるが、前記過失割合を斟酌すると、被告の賠償すべき金額は、そのうち八〇万円を以て相当と認める。

(四)  原告成雄の慰藉料

<証拠>によれば、本件事故は原告成雄が事故当時僅か一〇歳であつた姉の美智子と二人で交通量の多い街路へ行くのを母親である原告和子が制止しなかつたことが遠因となつていることが認められ、右事実と本件事故の態様、傷害の部位・程度その他諸般の事情を総合し、同原告の慰藉料は三〇万円を以つて相当と認める。

(五)  原告和子の慰藉料

原告成雄の前記傷害の程度に鑑み、原告和子は未だ生命を害された場合に比肩すべき場合或いはこれに比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けた場合に該当するものとは認められないから、同原告の慰藉料請求は認められない。

(六)  弁護士費用

以上より、原告成雄は(一)(三)(四)の合計一一〇万六〇〇〇円、原告和子は(二)の一万六〇〇〇円を被告に請求しうるものであるところ、原告本人尋問の結果および弁論の趣旨によれば、被告はその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告ら訴訟代理人にその取立を委任し、手数料および報酬として原告成雄は六四万円、原告和子は六万円を支払うことを約したことが認められるが、本件訴訟の経緯その他諸般の事情に鑑み、被告に賠償せしめるべき金額は、原告成雄についての一二万円のみを以つて相当と認める。なお、弁護士費用についての支払期の主張立証がないので遅延損害金の請求は認められない。

五、(結論)

よつて、被告は原告成雄に対し金一二二万六〇〇〇円および内金一一万六〇〇〇円に対する訴訟送達の日の翌日であること記録上明白な昭和四三年一〇月五日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告和子に対し金一万六〇〇〇円およびこれに対する右昭和四三年一〇月五日以降支払済みまで右同様の遅延損害金の各支払義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度で認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。(篠田省二)

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